なぜか夏になると増える「そうめん」の理由とは

夏になれば必ず口にするのがそうめんですよね。

でもなんで「そうめん」なのでしょうか?

今回はその理由とそうめん、ひやむぎ、細うどんなどと比較したものについて考えてみました。

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なぜ夏と言えば「そうめん」なのか?

誰しもが疑問に思ったことでしょうね。

1つの仮説として挙げられるのが、江戸時代そうめんは夏の庶民のランチメニューだったということです。

夏は暑いので、ぶっかけた熱いそばなんか食べたくない。

というのでつけそばも登場しましたが、何かそばばっかりなので飽きる…。

そこで手軽に主に白い色のそうめんを出したところ庶民の口を潤す食感とつけそばならぬ、つけめんとしてスルスル口に入っていくことから、夏はそうめんが定番メニュー化したというものです。

今では手軽にそうめんが販売されており、別途つけ汁(ヤマキのめんつゆなど)を購入しておき、そうめんを5分ほど茹でて、水切りさえすれば手軽に食べることができます。

だから夏はそうめんなのでしょうね。

そうめんのルーツとは?

画像では流しそうめんの発祥の地とされている岐阜県の郡上というところです。

でも鹿児島こそが本当の発祥の地という考え方もあります。

流しそうめんとは別に、そうめん自体で考えてみるとそのルーツは大きく分けて3種類あると言われています。

1つめは長崎は五島列島経由です。

後期遣唐使の玄関口であり、鎌倉時代には多くの中国人が亡命し中国大陸の食文化がこの地に伝わったとされています。

その過程でそうめんの製法が伝わり、今でも五島そうめんという名前のそうめんが販売されているほどです。

2つめは五島列島から石川県輪島に日本海経由でそうめんの製法が伝わり、そこで本格的に作られたのが輪島そうめんと言われるものです。

江戸時代には加賀前田藩御用達の名物となったので後世の現代でもその名前が広く知られているのでそこが本格的なそうめん発祥の地とされているわけです。

でももう1つあります。

それは輪島より日本海経由で北前船を通じて秋田に渡り、その製法が伝わって作れられたのが稲庭そうめんなのです。

後に稲庭はそうめんよりうどんの方が有名になりますが、そうめんの製法が伝わったからこそ日本三大うどんで有名な稲庭うどんが作られたわけなので発祥の地としては全く無視はできません。

このようにいくつものルーツがあるのでどれが真の発祥の地というのを定めることは難しいようです。

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ひやむぎや細うどんはダメ?

ひやむぎは個人的に好きです。

ゆで時間的にはそうめんより少しかかってしまいますが、流しそうめん的な感じで食べるとそうめんよりコシがあっておいしいです。

なのに夏はひやむぎといったキャッチコピーがメジャーではないのはなぜなのか私にはわかりません。

上記の画像は稲庭細うどんですが、こういった食べ方はダメなのでしょうか?

そうめんと同じくつけだれにつけて食べる方式です。

薬味にネギを入れ、あとからお好みでわさびなども投入して食べれば飽きずに食べられます。

この細うどんもひやむぎよりコシがあっておいしいのに、ひやむぎの時と同じく夏は細うどんというキャッチコピーがメジャーではないのはなぜなのか私にはわかりません。

どちらも食べたらおいしいのにね。

まとめ

夏になるとそうめんがひやむぎや細うどんより増える理由として一番の理由として挙げられるのはやっぱりゆで時間の短さなのでしょう。

確かにゆで時間が短いので暑い夏でもすぐに食べられますからね。

そして夏はそうめんという昔から伝わってきた固定概念がそれを後押ししているのもまた事実です。

私はそうめんよりひやむぎ派ですが、多くの過程では暑い夏に週1のペースで昼や夜のメニューがつけ汁とセットのそうめんなのでしょうね。

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