なぜ花火大会をするようになったのか。浴衣を着る意味とは

花火大会は間近で見れば迫力があります。

その音が迫力を生んでいるのでしょう。

主に夏の季節に行われていることが多いですね。

ただ花火大会に行く人の服装をみると、男子は甚平か半そで姿、女子に至っては浴衣姿が圧倒的に多いです。

気になりますよね。

今回はなぜ花火大会をするようになったのか、また浴衣を着る意味などについて語る内容とします。

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花火大会の起源

花火大会の起源として挙げられるのは、送り盆の時期に、先祖の霊における『魂の鎮魂』のために打ち上げられたものとされているのがとても有力視されています。

これは【迎え火】と【送り火】という言葉の概念を少しでも知っておく必要があります。

一般的に迎え火は先祖の霊が迷わず当家に来られるように小さなたき火で目印をつけておくものを指します。

これに対して送り火は先祖の霊を送り出すために勢いよくたく火のことを指します。

つまり、花火大会は先祖の霊を盛大に送り出してやろうというイベントということになりますね。

花火大会が始まった当初はこのような位置づけで行われていました。

でも、いつの間にか花火大会自体が夏のメインイベントとして栄えるようになってしまいましたね。

しかも地域によって迎え火の期日がバラバラなのでこれといった日にちにこだわっていません。

花火大会自体は今では一部地域で秋や冬に行われているところもあります。

もう1つ有力な説を挙げておきます。

それは1732年、江戸の4大飢饉のひとつとされる【享保の大飢饉】が起こり、それと同時にコレラが大流行し、多数の犠牲者が出してしまいました。

江戸城に籠っていた将軍や大老たちは何ともなかったようですがね…。

多数の犠牲者の霊を鎮めるため仏事を行い、花火を打ち上げたのが花火大会の起源とされており、今でいう『隅田川花火大会』として知られているのですよ。

浴衣を着る意味とは

<引用元:http://photohito.com/photo/4708373/>より

花火大会で浴衣を着るようになった理由としては、なんと江戸時代に起源があるとされています。

江戸時代に上位身分者の間で着られていた浴衣は、蒸し風呂で汗を吸い取ったり、やけど防止の為に着ていたとされています。

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それが庶民に広がったのは江戸時代後期、風呂屋が普及し始めた時です。

今でもそうですが江戸時代は入浴は裸が基本で、風呂上りの汗を拭くために着ていたのが浴衣だそうです。

ただ、混浴の状態ではどうだったかは不明です…。

やがて浴衣を着たまま外に出るようになり、町民の間では花見や盆踊り、花火大会などで浴衣を着て出かけることが流行したことが、現在のように花火大会で女性が着るものとして全国に普及したわけです。

女性は浴衣を着るが男性は…

<引用元:https://item.rakuten.co.jp/zenmall/3473100017/>より

女性は浴衣、これに対して男性は甚平です。

甚平は、戦国時代の陣羽織が由来になっているそうです。

もちろん男性用の浴衣もありますが、浴衣は女性の特権みたいな風潮が広がり、男性だけが現代風の半そでで花火大会にいって過ごすのは忍びないということもあり、花火大会における男性の甚平装着率が徐々に増えています。

普段、甚平を着ない男性も着てみれば案外新しい発見があるかもしれません。

花火大会の服装は特に決まっていない…

別に上記のことを気にしてわざわざ浴衣や甚平を買ってまで花火大会に行く必要はありません。

中学生の男女のカップルであればお互いに半そでTシャツにアンダーは半ズボンなどで手をつなぎながらドデカイ花火を見て過ごしても問題はありませんよ。

固定概念に縛られずに、自分たちが過ごしやすい格好で花火大会に行けばいいだけの話ですよ。

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